世界史
No.109 石油危機と冷戦の終結

石油危機

ブレトン=ウッズ体制の崩壊

1960年代、アメリカでは、ベトナム戦争への膨大な戦費投入が国家財政を圧迫しました
また、アメリカの貿易収支は、日本・西欧などの成長で赤字になりました。
第二次世界大戦後のブレトン=ウッズ体制が、ニクソン 政権下の次の出来事で崩壊しました。
- 1971年、ドル=ショック :::lead アメリカ大統領ニクソンが、ドルと金の交換停止を発表し、世界に与えた衝撃 ::: - 1973年、変動相場制への移行

第4次中東戦争と石油危機

1973年、第4次中東戦争 :::lead 、第4次中東戦争 エジプト・シリアとイスラエルの戦争
1973年、第1次石油危機 :::lead 、第1次石油危機 第4次中東戦争におけるアラブ産油国の石油戦略を背景に、先進工業国の経済成長が減速した出来事
1975年~、先進国首脳会議(サミット) :::lead ~、先進国首脳会議(サミット)経済成長の鈍化、多国籍企業の問題、環境汚染など、相互に共通する問題に対応するための会議

シナイ半島の返還

第4次中東戦争後の 1979年、エジプト の大統領サダト は、イスラエルと次のことを合意した平和条約を結びました。
エジプト:イスラエルを承認
イスラエル:シナイ半島をエジプト に返還

途上国の発展と先進国の社会変容

新興工業経済地域の登場

1985年、プラザ合意 :::lead 、プラザ合意アメリカの貿易赤字を解決するため、各国の協力でドル安を進めることを合意
途上国は、低賃金によるコスト削減を強みに、先進国の企業を誘致しました。
結果、大韓民国 台湾 ・香港・シンガポール ・ブラジルなどが経済的に台頭し、新興工業経済地域 NIES)と呼ばれました。

先進国の貿易摩擦

先進国では企業の工場が次々と国外に移転しました。
1980年代、アメリカ・西欧・日本の間で先端技術開発をめぐる競争が発生し、また、自動車やコンピュータなどの部門で貿易摩擦が激しくなりました。

女性の社会進出

アメリカでは、公民権運動に参加した女性たちが、女性解放運動を始めました。
1970年代、女性の社会進出が進みました。

高度経済成長のひずみ

先進国では、経済成長が進むにつれて、大気・河川・土壌などの環境汚染が問題になりました。
1962年、レイチェル=カーソンが『沈黙の春』を刊行し、農薬が生物に与える否定的影響について警鐘を鳴らしました。
1972年、国連人間環境会議 :::lead 、国連人間環境会議 「かけがえのない地球」をスローガンとしてストックホルムで開催された会議
1980年、西ドイツでは環境保護推進を掲げる「緑の党 」が結成されました。

原子力発電の管理

次の原子力発電所の事故が起こり、原子力発電の問題が指摘されました。
- 1979年、アメリカのスリーマイル島で原子力発電所の事故 - 1986年、ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリで原子力発電所の事故

冷戦の終結

パナマ運河の返還

1970年代後半、アメリカ大統領カーター は、人権を重視する外交人権外交 を展開しました。
1977年、カーターはパナマ運河をパナマに返還することに同意しました。
さらに1979年、中華人民共和国と国交を樹立しました。

第2次石油危機

1979年、イラン革命 :::lead 、イラン革命 イスラームのシーア派の ホメイニ を指導者として、国王パフレヴィー2世の近代化路線に反対した革命
1979年、第2次石油危機 :::lead 、第2次石油危機国王パフレヴィー2世を支持してきたアメリカとイランの対立が激化し、石油危機が急騰した出来事

ソ連のアフガニスタン侵攻

1979年、ソ連がブレジネフ 政権下でアフガニスタン に侵攻しました。

レーガン政権のアメリカ

1981年、レーガンがアメリカ大統領に就任しました。
#### 強いアメリカ
アメリカ大統領レーガン は、従来の対ソ外交を批判し、「強いアメリカ」を唱えました
レーガン政権下のアメリカは、社会主義政権を打倒するために、カリブ海のグレナダ に侵攻しました。
#### 小さな政府
アメリカ大統領レーガン は、減税政策を実施し 、「小さな政府」を目指す新自由主義を提唱しました。
インフレは抑制されましたが、不況は継続しました。

新自由主義の各国政権

イギリス :1979年、保守 党からの初の女性首相サッチャー が内閣を組織
西ドイツ:中道右派の首相コールが連立政権を樹立

社会主義体制の建て直し

1985年、ソ連書記長にゴルバチョフ が就任し、行き詰まった社会主義体制を次の政策で建て直そうとしました。
- グラスノスチ :::lead 秘密主義を廃止し、情報公開を進めること ::: - ペレストロイカ :::lead ソ連全体の改革を図り、自由化・民主化を進めること :::

冷戦の終結

米ソの緊張は、次のことを背景に緩和に向かいました。
アメリカ:軍縮によって財政赤字を削減
ソ連:社会主義の行き詰まり
1987年、中距離核戦力(INF)全廃条約 調印 :::lead 、中距離核戦力(INF)全廃条約 調印アメリカ大統領レーガン とソ連書記長ゴルバチョフ との間で調印された、地上発射の核戦力の廃棄に関する条約
1989年、ソ連がゴルバチョフ 政権下でアフガニスタンから撤退しました
1989年、マルタ会談 :::lead 、マルタ会談 アメリカ大統領ブッシュ とソ連書記長ゴルバチョフが地中海のマルタ島で開催した会談で、冷戦の終結を宣言