世界史
No.62 アメリカ独立

13植民地の動向

植民地人の自治と意識

17~18世紀、北アメリカ大西洋沿岸に、イギリスによって13の植民地(13植民地)が建設されました。
1619年、13植民地のヴァージニアで最初の植民地議会 が開かれるなど、自治制度が発達していました。
13植民地 :::lead 1819年にスペインから買収されたフロリダ が含まれないことに注意
13植民地の南部と北部では次のような違いがありました。
北部の植民地では、信仰の自由を求めて移住したピューリタンが多くいました。
ピューリタンは、イギリス本国に対して強い批判意識をもちました。
ヴァージニア のような南部の植民地では、黒人奴隷をプランテーションで使い、タバコ などの商品作物を生産し、イギリス本国に輸出しました。

先住民との争い

七年戦争と同時に起きた北アメリカでのフレンチ=インディアン戦争後、植民地人の居住地域はアパラチア山脈以東に限定されました。

イギリス本国への反発

イギリス本国は、重商主義政策 を採り、本国の商工業を守るために植民地の発展を抑えました。
また、七年戦争での財政赤字を補うため、植民地への課税を強化しました。
本国議会が定めた次の法律は、植民地人の不満をさらに高めました。
- 1765年、印紙法 :::lead 13植民地での新聞・広告などに、本国発効の証票を購入して貼ることを義務化 ::: - 1773年、茶法 :::lead イギリス東インド会社が13植民地に関税なしに紅茶を販売する権利を許可 :::
1773年、ボストン茶会事件 :::lead 、ボストン茶会事件 茶法の制定をきっかけに 、植民地人が反発して船の積み荷を海に捨てた事件
ボストン茶会事件
ボストン茶会事件*先住民に扮して積み荷を捨てる人々

アメリカ合衆国の独立

独立戦争

1774年、13植民地で大陸会議 が組織され、イギリス本国の圧政に反対しました。
1775年、レキシントン とコンコードでイギリス軍との武力衝突が生じ、植民地・本国間の戦争が始まりました。
13植民地側では、ワシントン が軍の総司令官に任命されました。
ジョージ=ワシントン
ジョージ=ワシントン
1776年、独立宣言 :::lead 、独立宣言13植民地の代表がフィラデルフィアで発表
アメリカ合衆国 :::lead 衆国独立を宣言した州が、1777年の連合規約で採用した国名
ベッツィ=ロスが作ったとされる星条旗
ベッツィ=ロスが作ったとされる星条旗
- フランスが13植民地を援助 - 武装中立同盟にロシアが参加し、イギリスを外交的孤立化 - フランスのラ=ファイエット、ポーランドのコシューシコが義勇兵として参加
武装中立同盟 :::lead 盟ロシア皇帝エカチェリーナ2世がイギリスに対抗して提唱
1781年、ヨークタウンの戦い :::lead 、ヨークタウンの戦い イギリス側が敗北し 、13植民地側の勝利が決定的
1783年、パリ条約 :::lead 、パリ条約イギリスがアメリカ合衆国の独立を承認し、ミシシッピ川以東 の領土を割譲

合衆国憲法の制定

1787年、合衆国憲法 :::lead 、合衆国憲法新生国家アメリカの政治体制を定めた憲法
- 行政権:大統領率いる政府 - 立法権:連邦議会 - 司法権:最高裁判所
憲法を支持して中央政府の権限強化を求める連邦派 と、憲法に批判的な反連邦派が、のちに政党対立を展開しました。

連邦政府の発足

1789年、合衆国憲法に基づく連邦政府が発足しました。
初代大統領にはワシントン が就任しました。
#### 財政と外交
ワシントンの政権では、次の者が財政と外交を担当しました。
財政:連邦派を率いる財務長官ハミルトン
外交:独立宣言の起草者の一人で 、反連邦派を率いる国務長官ジェファソン
#### 首都
1800年、首都ワシントン(コロンビア特別区)が建設されました。

合衆国の問題

アメリカ合衆国には次のように権利が無視される問題がありました。
- 黒人奴隷の継続 - 先住民の居住するアパラチア山脈以西への移住を解禁し、対立が激化