世界史No.7 ヘレニズム時代
マケドニアの侵入
有力ポリス間の争い
デロス同盟の盟主アテネに対して、ペロポネソス同盟の盟主スパルタは脅威を感じました。
前431~404年、ペロポネソス戦争
:::lead
404年、ペロポネソス戦争全ギリシアをまきこんだ、アテネとスパルタの戦争
前4世紀半ば、テーベというポリスがスパルタにかわり覇権を一時握りました。
アテネも勢力を回復し、ポリス間の争いは続きました。
やがて傭兵の登場で市民の団結が失われ、ポリスの在り方は変容しました。
諸ポリスの屈服
前4世紀後半、ギリシア人の一派がギリシア北方に建てたマケドニアが、王フィリッポス2世の下で勢力を拡大しました。
前338年、カイロネイアの戦い
:::lead
、カイロネイアの戦いマケドニアのフィリッポス2世がアテネ・テーベ連合軍を撃破した戦い
東方遠征
フィリッポス2世の子アレクサンドロス大王は、ペルシアを滅ぼすため、前334年、マケドニアとギリシア連合軍を率いて、東方遠征に出発しました。
①前333年、イッソスの戦い
:::lead
年、イッソスの戦いアレクサンドロス大王がペルシア王ダレイオス3世の大軍を撃破した戦い
②前331年、アルベラの戦い
:::lead
年、アルベラの戦いアレクサンドロス大王が勝利し、ペルシアが滅亡

イッソスの戦い
アレクサンドロス大王の急死後、領土はディアドコイ(後継者)と呼ばれる将軍らに争われ、やがて次の3つの国に分裂しました。
- アンティゴノス朝マケドニア
:::lead
小アジアを本拠とした王朝
:::
- セレウコス朝シリア
:::lead
シリアに開かれたギリシア系王朝
:::
- プトレマイオス朝エジプト
:::lead
エジプトに開かれたギリシア王朝
:::
アレクサンドロスの帝国の最大領域
この時代には、ギリシア風の都市がオリエントやその周辺に建設され、特にエジプトのアレクサンドリアは経済・文化の中心として栄えました。
アレクサンドリア
:::lead
ドリアアレクサンドロス大王の各地に建設した植民市で、特にエジプトのものは、ムセイオン(王立研究所)を整備
